宮本百合子

秋風が冷や冷やと身にしみる。
 手の先の変につめたいのを気にしながら書斎に座り込んで何にも手につかない様な、それで居て何かしなければ気のすまない様な気持で居る。
 七月からこっち、体の工合が良くない続きなので、余計寒がりに、「かんしゃく持」になった。
 茶っぽく青い樫の梢から見える、高あく澄んだ青空をながめると、変なほど雲がない。
 夏中見あきるほど見せつけられた彼の白雲は、まあどこへ行ったやらと思う。
 いかにも気持が良い空の色だ。
 はっきりした日差しに苔の上に木の影が踊って私の手でもチラッと見える鼻柱でも我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、奇麗な色に輝いて居る。
 こんな良い空を勝手に仰ぎながら広い「野っぱ」を歩いて居る人が有ろうと思うと、斯うして居る自分が情なくなって来る。そうした人達が羨ましい様な、ねたましい様な気がする。
 それかと云って、厚着をして不形恰に着ぶくれた胴の上に青い小さな顔が乗って居る此の変な様子で人の集まる処へ出掛ける気もしない。
「なり」振りにかまわないとは云うもののやっぱり「女」に違いないとつくづく思われる。
 こないだっから仕掛けて居たものが「つまずい」て仕舞ったのでその事を思うと眉が一人手に寄って気がイライラして来る。

 一面、かなり深い秋霧が降りて水を流した様なゆるい傾斜のトタン屋根に星がまたたく。
 隣の家の塀内にある桜の並木が、霧と光線の工合で、花時分の通りの美くしい形に見える。
 白いサヤサヤと私が通ると左右に分れる音の聞える様な霧に包まれた静かな景色は、熱い頬や頭を快くひやして行く。
 霞が深く掛った姿はまだはっきり覚えて居るほど新らしい時に見た事はないが秋霧の何とも云えない物静かな姿は霞の美くしさに劣るまい。
 霞は人の心を引きくるめて沙婆のまんなかへつれて来る。霧は禁慾的な、隠遁的な気分に満ちて居る。
 私は今の処は霧の方を好いて居る。
 冷静な頭に折々はなりたいと思うからだ。
 霧の立ちこめた中に只一人立って、足元にのびて居る自分の影を見つめ耳敏く木の葉に霧のふれる響と落葉する声を聞いて居ると自と心が澄んで或る無限のさかえに引き入れられる。
 口に表わされない心の喜びを感じる。
 彼の水の様な家々の屋根に星のまたたき、月の光までさして、カサ……カサ……折々落葉する。
 土虫がジジジー、かすかに泣いて居る。
 私の頭も手足も正面に月の光りに照らされて凍てついた様にそこのそこまで白く見える。
 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、
 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に私と云うものが一人居るばっかりにつくりなされたものの様にも思う。
 身は霧の中にただよい、心は想いの中を流れる。

 病みあがりの髪は妙にねばりが強くなって、何ぞと云ってはすぐこんぐらかる。
 昨日、気分が悪くてとかさなかったので今日は泣く様な思いをする。
 櫛の歯が引っかかる処を少し力を入れて引くとゾロゾロゾロゾロと細い髪が抜けて来る。
 三度目位までは櫛一杯に抜毛がついて来る。
 袖屏風の陰で抜毛のついた櫛を握ってヨロヨロと立ちあがる抜け上った「お岩」の凄い顔を思い出す。
 只さえ秋毛は抜ける上に、夏中の病気の名残と又今度の名残で倍も倍も抜けて仕舞う。
 いくら、ぞんざいにあつかって居るからってやっぱり惜しい気がする。
 惜しいと思う気持が段々妙に淋しい心になって来る。
 細かい「ふけ」が浮いた抜毛のかたまりが古新聞の上にころがって、時々吹く風に一二本の毛が上の方へ踊り上ったり靡いたりして居る様子はこの上なくわびしい。
 此頃は只クルクルとまるめて真黒なピンでとめて居るばかりだ。
 結ったって仕様のない様な気がする。